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◇-「チマ・チョゴリ切り裂き事件」の疑惑-Scanner X(1/2-11:21)No.843


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843「チマ・チョゴリ切り裂き事件」の疑惑Scanner X 1/2-11:21

宝島30 1994.12月号
「チマ・チョゴリ切り裂き事件」の疑惑
きむ・むい(ルポライター)


 朝鮮学校とは、在日本朝鮮人総聯合会(朝鮮総聯)が運営する教育機関の
ことである。
一般に「民族学校」と呼ばれることが多いため、超政治・党派の海外子女教
育−たとえばアメリカン・スクールのような・・・−が行われていると思っ
ている人も少なくないようだが、実際はそうではない。
 朝鮮学校が、確かに生徒たちに民族教育を施しているのは間違いない。し
かし、運営母体の朝鮮総聯が朝鮮民主主義人民共和国(以下、便宜上″北朝
鮮″と表記する) の国是を支持する団体である以上、カリキュラムには北
朝鮮の政治性が強く盛り込まれている。その意味では、客観的に見た時、
「北朝鮮民族教育」と表現した方が、その教育内容の実状にかなっている。
 現在、朝鮮学校は幼稚園から大学校まで、全国に百四十校以上の校舎が存
在している。その項点にあるのが、北朝鮮民族教育の最高学府である東京・
小平市の朝鮮大学校(全寮制。二年制の師範教育学部、四年制の政治経済学
部、文学部、歴史地理学部、外国語学部、経営学部、理学部、その上に二年
制の研究院がある)である。 この朝鮮大学校の下に、朝鮮高級学校(高
校)が設けられている。北海道、宮城、茨城、東京、神奈川、愛知、京都、
大阪、兵庫、広島、山口、福岡の十二都道府県が高校所在地である。
 朝鮮総聯社会では、これら朝鮮学校を卒業することが、望ましい子女教育
ということになっている。事実、朝鮮総聯は常に、朝鮮学校への生徒誘致を
各種活動の中でもっとも重要なものとして位置づけているのである。一口に
朝鮮学校と言っても、その土地によって微妙にスクールカラーに違いはある
ようであるが、共通点の方が多いのはもちろんである。
 第一は、北朝鮮民族教育である以上当然かもしれないが、金日成・金正日
思想教育に重点が置かれているということだ。在日朝鮮人子女の朝鮮学校入
学率は減少傾向になって久しいのだが、その原因を思想教育にあると指摘す
る向きも少なくない。一般教科の教科書、理科系のものにまで「偉大なる首
領・金日成元帥様」のお言葉がゴチックで引用されているくらいである。
 次に、全カリキュラムを朝鮮語で行なっていること。生徒は、ほぼ一〇〇
パーセント、生きた朝鮮語を身につけることができる。朝鮮学校出身者たち
は、「教育内容には不満は少なくなかったけれど、小さいころから言葉を習
得できたことだけはよかったと思う」と口をそろえる。
 そして何より目立つ特徴は、女子生徒の制服が、朝鮮の民族衣装であるチ
マ・チョゴリで統一されているという点である。男子生徒は、東京朝校はブ
レザー、他の地域では学生服など、日本の高校生とあまり変わらない制服を
着ることになっているのに、である。
 北朝鮮初の核兵器搭載ミサイルと日された「ノドン一号」の発射実験と核
開発壌惑に揺れる今年の四月頃より、その朝鮮学校の女子生徒のチマ・チョ
ゴリが何者かに切られるという事件が頻発し、大きな社会問題になった。こ
の核疑惑とNPT脱退問題、米朝交渉と南北首脳会談の開催決定、そして七月八
日の国家主席・金日成の死去、その後の金正日後継の動向と、今年は例年に
なく、北朝鮮関連の報道がメディアに溢れた年だった。

「なんだかうさん臭い」記事
  
誇りの制服切られる悲しみ 朝鮮学枚女生徒への暴力急増(略)チマ・チョ
ゴリを女生徒の制服としている東京都北区の東京朝鮮中高級学校によると、
四月から同校高級部の女生徒八人が被害に遭っている。▽一年生がJR山手線
大塚駅付近の車内で刃物をちらつかされ、途中下車して逃げたエハ月一
日).
▽通学途中の一年生が総武線新小岩駅付近でチマ・チョゴリを五センチほど
切られた南月二十七日)。
▽東京都八重洲口通路で、二年生が中年の男性から「朝鮮へ帰れ」と怒鳴ら
れ、飲みかけ
のカップ酒のビンを頭にぶつけられた(同月二十二日)。▽帰宅途中の三年
生が、同駅の地下通路ですれ違った中年の男性から「北朝鮮め」とつばをか
けられた(同月十日)。

 同学校の李準沢副校長は、「これは偶発的なことではない。大韓航空機事
件(一九八七年)やパチンコ献金疑惑(八九年)の時もチョゴリが標的にな
りました。最近の北朝鮮の核問題に端を発した過剰な報道の結果、一部の心
ない人がこうした行動に走る」と心配する。(略))(朝日新開六月九日付
朝刊) 五月二十五日の朝日新聞の第一報「子どもたちに各地で嫌がらせ 
チマ・チョゴリの通学中止 栃木の朝鮮学校」を皮切りに、朝日新聞を中心
として、こうした「チマ・チョゴリ切り」事件の報道が、連日のように繰り
返された。どれも、「核疑惑報道によって煽られた差別意識によって、心な
い日本人男性が朝鮮学校の女子生徒のチマ・チョゴリを切っているのは許せ
ない」という内容の記事だ。覚えている方も多いだろう。
 ところで、こうした報道が加熱するにつれて、周囲から、「どうもおかし
い、何かうさん臭い感じがする」 − そんな声が、聞こえ始めてきた。そ
の中には日本人もいれば、在日の友人もいた。言い方や関心の度合はさまざ
まだが、大まかに共通していたのは、「事件の内容が何だかできすぎてい
て、嘘っぼい」ということだ。 確かに、そう思わざるを得ない記事も多
い。 例えば、六月十五日の読売新開前日の夕刻に、JR中央線車中で、武蔵
野市在住の朝鮮中学校二年の女子が被害にあったという内容なのだが、描写
が以下の通りなのである。
<(略)五十歳くらいの男に刃物で制服のチマ・チョゴリのチマ (スカー
ト)を切られた。
女子生徒の講では、男は満員の車内で隣にぴたりとくつつくように立って、
「北朝鮮」、「核」などと独り言を言い、怖くなった女子生徒が他の車両に
移動した後もくっつくように立っていた。車内で「ビリ」という音がした
後、男が武蔵小金井駅で降りたため、女子生徒が次の国分寺駅で降り、チマ
のすそが計六十センチほど切られているのに気付いた(略))
 満員電車の中での、「北朝鮮」、「核」との独り言。思わず、「そんなヤ
ツいるかよ!」と言いたくなるような記事ではある。
 同じ事件を、朝日新聞は一日遅れで、「立川のチマ・チョゴリ事件 安全
考え集団下校」の見出しで報道している。
<(略)十四日午前八時ごろJR中央線の下り電車内で、後ろにいた作業服姿の
五十歳くらいの男性が「核」、「朝鮮」などと、ひとり言を言い、ビリビリ
というような音がした。
こわくなって国分寺駅で降りたところ、スカートが構に六十センチぐらい切
り裂かれているのに気づいたという。同日、立川署に被害届けを出した。
(略)> そして、以下のように記事をまとめている。<被害届を出したのは
今回が初めてだが、同校の生徒は四月中旬から、暴言によるいやがらせを少
なくとも九件受けたという。主に通学時の駅ホームや車内で、いずれもチ
マ・チョゴリを着た女子生徒が、「朝鮮に帰れ」「なぜ日本にいるのか」
「へんな服装をしている」などと言われた。発言した側は一件が六十歳ぐら
いの女性で、八件は四十〜五十歳ぐらいの男性だったという。中級部の女子
生徒約八十人は普投、制服としてチマ・チョゴリを看ているが、父母らの不
安に配慮して、十一日から体操服での登校も認めていた>
 中学校二年生の女の子が、満員電車の車内で理不冬な暴力にあったこと
は、おそらく事実だろう。だが、同じくらい気になるのは、滑稽としか言い
ようのない犯人像の描写である。結局この事例では、犯人検挙には到ってい
ないのだが、では誰がこの細かいディテールを事実だと確認したのだろう。
それでいて、例によって朝日新聞は、「藤校長は『日朝関係の懸け橋となる
子供たちの心を傷つけないでほしい』と訴えた」と、捕まってもいない犯人
を日本人と断定し、犯行の動機が民族差別であると決めつけるかのような口
ぶりだ。
 
 もう一例、引用してみよう。七月五日の朝日新聞

<相次ぐチマ・チョゴリへの攻撃日朝合同で調査委(略)六月九日にJR京浜東
北線の車内でチョゴリを切られた高校三年生は、自衛のために体操服で通学
した同月十三日にも、駅構内で「朝鮮人が・・・」と言われ、上着を引っ張
られて切られた。さらに二十日にはタクシー運転手に「あんたこの前新聞に
出ていた子だろう。こういう情勢だからしょうがないんだ。このやろう」と
言われたという。このほか数人の生徒が、(調査委員会に対して---筆者注)
複数の被害を受けていると証言している。(略)>
 この記事を読んだ限りにおいて生じてくる疑問を、率直に記述してみよ
う。 なぜ、犯人が「タクシー運転手」だとわかったのか。そして、なぜそ
の「タクシー運転手」は、通りすがりの女子高生を、「あんたこの前新開に
出ていた子だろう」と特定できたのか。新開に限らず、この件についてのす
べての報道は匿名でなされ、もちろん顔写真などはどこにも出されていない
のだ。 さらに、常識的に見て「怪しい」としか言いようのない事態がこの
当時起きていた事実をもう少し追ってみる。
<朝鮮学校生 暴力・嫌がらせ被害124件朝鮮総連調べ 今月急増、全国で)
(朝日新開・六月十六日)
<電車で暴行、ば声受けた女生徒 でも……私はチマは脱がない。東京中高級
朝鮮学校 視察の都議18人に訴え)(朝日新開・六月十八日)<なぜ朝鮮学校
生 標的に 妻在彦・花園大教授に開く 戦前の歴史観ひきずる)(朝日新
開・六月二十三日)
 以上のように、朝日新聞では、わずか八日間の間に三回も、社会面その他
に六段、七段、
あるいは記者著名人りで一ページほとんどをつぶして、この事件を報道して
いる。まさに、世界的な大事件、といったような扱いだ。そして、これらの
記事から読みとれる朝日新開の主張はチマ・チョゴリの女子生徒は受難者
で、制服にチマ・チョゴリを着ることは絶対に譲れない民族的権利で、その
大切なチマを切るのはどうやら日本人に決まっていて、つまりは核疑惑報道
に端を発した民族差別が横行しているのだ、という三段飛びのような論法で
ある。いったい、この一大キャンペーンの背後には何があるのだろうか。

被害届は二十二件

 ああ、いつものヤツが始まったんだな-----。 日本人・在日朝鮮人を問わ
ず、朝日新聞が大キャンペーンを張り始めた頃、過去にも似たようなことが
あったことを思い出し、ひそかにそう考えた人は多いのではないだろうか。
新聞記事のコメントで朝鮮学校の教師自身が認めているように、国際情勢や
日本国内世論が北朝鮮にとって圧倒的に不利になると、なぜかチマ・チョゴ
リは切られだすのだ。核疑惑の今年は、大韓航空機爆破事件(金賢姫事
件)、パチンコ献金疑惑についで三回日の受難なのだという。
 では、それ以外の年には、朝鮮学校の女子生徒に一件の被害も発生してい
ないのだろうか。もしそうだとしたら、それはそれでずいぶん不思議な話で
はある。 いったい、少女のスカートを切るという行為にいそしんでいる、
言わば「変態さん」系のクラい犯罪者が、朝鮮半島情勢にだけはずいぶんと
熱心な関心を払っている、などということが本当にあるのだろうか。それも
一人や二人ではなく、申し合わせたかのように全国共通で。
 だが、おかしいと思いつつも、なぜだかそのことを口に出してはいけない
ような雰囲気が、当時あったことも確かである。なにしろ、被害者は在日朝
鮮人の女子生徒である。彼女たちが恐怖に怯えている、とされる時に、その
事件に対して「なんだかうさん臭い」と言うことは、かなりの勇気がいるこ
とだ。誰だって、好き好んで「差別者」のレッテルを張ってほしいとは思わ
ない。 七月十二日、一連のチマ・チョゴリ切り事件についていくつか敢え
てほしい点がある、と警察庁に取材を申し込んでみた。直接取材はなぜか却
下されたが、捜査資料は送付してくれた。
<朝鮮学校生に対する嫌がらせ事実について
[嫌がらせ事実の発生状況]
 被害届により警察が認知したものとして報告を受けているものは、本年四
月以降、22件である (七月十一日現在)。
 その形態としては、22件中12件(うち東京8件、埼玉2件、神奈川1件、福岡
1件)は萱下校中の女子生徒が列車内等で衣服を切られたという事実であり、
その外に、暴行及び傷害事件が8件、窃盗と強制わいせつ事実が各1件であ
る。 警察としては、この種事実については、必要な捜査を行い、申告の
あった22件中2件に
ついてはすでに被疑者を検挙しているところである。 そのほかの20件につ
いては、被害届を受理し、必要な捜査を推進中である) 被害届は二十二
件、被疑者検挙は二件。被害届はあくまで任意のものだから、提出しないか
ら事件はなかった、と言えないのはもちろんである。しかし、朝日新聞によ
る「被害数124件」と比較した時に生じる、実に七倍近い格差をどう評価すべ
きなのだろうか。また、衣服を切られたものとは別に「暴行及び傷害」が八
件とある。大問題ではなかろうか。この八件の中には、怪我で入院にまで追
いこまれた少女もいるとのことなのだが、社会に伝えられる被害のメインは
あくまで、「切り裂かれたチマ・チョゴリ」なのだ。「窃盗と強制わいせ
つ」が各一件。これも、たんなるハレンチ罪ではなく、その犯行の裏に「民
族排外主義」があると考えられるのだろうか。
 この書類を手にした時は、すでにチマ・チョゴリ切り事件報道は鳴りをひ
そめ、代わりに金日成が死んだばかりの北朝鮮情勢に、メディアの大部分は
関心を移していた。金日成が死んだ途端、チマ・チョゴリは切られなくなっ
たらしいのだ。まるで日本全国の「民族排外主義的変態さん」たちが、偉大
なる首領様の死に哀悼の意を表したかのように。

朝鮮総聯の仕組んだキャンペーン?

 チマ・チョゴリ切り報道の現場では、何が起こっていたのか。最後の最後
まで報道を続けたのは、新開では朝日だけだが、当初は他の主要紙も事件を
取り上げていた。 ある全国紙の▼社会部記者で、この取材に携わっていた
三十代の男性に、埼玉県下で会った。彼は言う。
「同じ新聞記者として、正直に言えば、ぼくも朝日さんの報道内容にはかな
りの疑問を持っているんです。朝鮮総聯さんが開く記者会見で、被害数が何
件、と発表されると、必ず『それは例年に比べて多いのですか、少ないので
すか』という質問が出る。ところが、回答は『通常はそういう統計はとつて
いないからわからない』なんです。データとして不確かなものを、新開が無
批判に掲載していいのかと思います」 ではなぜ、あなたの新聞も含めて、
五月頃は各紙ともこの件を積極的に取り上げていたのか、と開くと、「決し
ていいことではないと承知しているんですが、毎日紙面を埋めねばならない
ブン屋の意識としては、それが真実か否かよりも、まず『ああ、これは記事
になる』と発想してしまうんです。具体的に言うと、五月二十五日の朝日
に、例の[子供たちに各地で嫌がらせ チマ・チョゴリの通学中止 栃木の
朝鮮学校]という記事が出た。よし、これはネタになる、ウチも取材してみ
よう、ということになる。朝鮮学校に電話する。取材に釆てもいいという返
事が貰える。つまり、一例でもあると、それが各紙で記事になってゆくんで
す。やがて、雑誌が取り上げる、テレビが取り上げる、そういう流れになっ
てゆく」----つまり、情報の拡大再生産が行なわれている、ということです
か。「その通りです。一般にブン尾は、それが本当にニュースかどうかなん
て考えていませんから」
 そして披は、誰もが思っていながら誰もが日には出せない、例の雰囲気に
ついてこう言つた。
「記者クラブでも、この一連の事件について、何だか不自然だ、と感想をも
らす者がいます。すると、必ずといっていいほど、″進歩的″な新聞記者か
ら次のような言葉が返ってくる。
「じゃあ、お前は彼女たちが自分で切っているとでもいうのか!』こう言わ
れると、日本人の朝鮮への侵略・差別の歴史への贖罪感をつかれてしまっ
て、もう何も言えなくなるんです」
 しかし、そうすると、このチマ・チョゴリ報道に関しては、情報に何らか
のバイアスがかかった時に、チェック機能が働かないということになるので
はないか。それは、結果的には一種のフレームアップを生み出しているので
はないか。「フレームアップとまでは言えないでしょう。しかし、現場にい
た記者として、これは朝鮮総聯さんの、少女たちの被害をうまく利用した政
治的キャンペーンだったとは感じています。なぜなら、そもそもこれは、最
初からウラがとれない種類の事件なんです。被害があったことまでは確認で
きる。しかし、犯行の動機が、北朝鮮への批判的報道が過熱したことによっ
ての差別的な感情からのものだった、なんていったい誰が証明できるのか。
ひょっとしたら、犯人本人にだってわからないかもしれない。民団系の人に
はそういう被害が一切ないことを見れば、精いっばい好意的に見ても、これ
は『民族差別』ではなく、『国への反感』だったと言うべきだったのではな
いか。もちろん、だからいいとは言っていないですよ。論理をすりかえてし
まうのはよくないと言っているんです。北朝鮮の核疑惑という政治問題が、
気がつけば朝鮮学校の女生徒への迫害という人権問題にとつてかわられてい
た。朝日を中心にメディアを実にうまく使った、大成功のキャンペーンだっ
たんじゃないかな、と思います」

背後には計画的なものがある
                 
一九九〇年、康京華(カン・キョンファ)は、現役の朝鮮高校女子生徒だっ
た。制服としてチマ・チョゴリを看ていた当事者である。この年は、北朝鮮
関連で、とくに何かが起こった年とは言えない。
「あたしの時も、切られた子はいましたよ。その時も、父兄会の要請もあっ
て、自衛手段として集団下校はしたんです。けれど、被害数の統計もとって
くれなかったし、事実究明活動も行なわれなかったようでした。それが今年
に限っては被害が何件になって、調べた結果詳細はこうで・…等の詳しい調
査が行なわれていると知ると、ひどい話だと思ってしまう。対策を立てるな
ら北朝鮮がどうだろうと関係なく、日ごろからやっておくべきだと思いま
す」
                         同じく東京朝高卒菜
の柳和実(リュウ・ファシル)は、「百二十四件はどうかとしても、その半
分くらいの被害が今年はあったと思う」 とした上で、やはり、「何もな
かった年」に、自らの目の前でクラスメイトのチマが切られた時の体験を
語ってくれた。
「いつも京浜東北線で通学していたんですけれど、ある時、赤羽から二駅く
らい通過したところで、友達の一人のチマが切られていることに気がついた
んです。切り方は、そうですね、乱切りつて言えばいいのかな? ズタズタ
にされていて……。怖かった。わずかの間に、相手に気付かせずに、こんな
にも見事に切れるものかと驚いてしまいました」
 当然、誰がやったのかはわからずじまいだった。「その後、ちやんと先生
には報告したんですけれど、ホームルームの時間に『みなさん、気をつけま
しょう』でおしまいでした。被害にあった子に何かしらケアをしてくれたと
いう詰も聞かないし、重要な問題だから運動として取り組もうということに
もなりませんでした」
 今の彼女は、そう憤りを隠さない。                      
 京都朝鮮中学校出身の憤俊河(シン・ジュナ)は、「実際、朝校生への暴
力は、今も普もあるんです。けれど、朝校生も、徒党を組んでずいぶん悪い
ことをしている。弱そうな日本人の中学生見つけて、『おい、自転車貸せ』 
って取り上げて、壊れるような使い方して、返す時はツバ吐きかけてから渡
したり、とかね。朝校に行ってよかったと思うことはいくつもあるけれど、
ぼくはああいう″伝統″みたいなんが、すごく嫌でした。もし立場が逆やっ
たら、今頃、『日本人、男子生徒にも暴行』とか何か言うて、大々的に記事
にされてるんちゃいますか。祖国が不利になると、まるで持ち駒のようにチ
マ・チョゴリを持ち出してくる。正直に言うて、どうかと思いますよ」                         
兵庫朝鮮高校を卒彙した洪相基(ホンサンギ)は、よりストレートにこう述
べる。「この記事、絶対おかしいですよ。朝鮮総聯の言いなりに書いている
としか思えませんわ。だって、百二十四件や言うけれど、どういう基準でど
う調査したのかは皆目わかれへん。それに、言うたら、そんなに『勇気』の
あるヤツがいてるんかな、と不思議ですわ。カミソリか何か持って、女の子
の後つけまわすなんて、リスクの高い行為ですやん。その場で捕まったらし
まいや。もしほんまに総聯や朝校に対して反感持ってるヤツやったら、そん
なセコいことせんと、もっと堂々とした手段選ぶと思うわ」 先に引用した
七月五日付の朝日新開中では、弁護士の床井茂という人が、こうコメントし
ている。
「(朝鮮学校生徒への暴力は書からあったが)今回は非常に長く続いてお
り、一つひとつは偶発的に見えるが、背後には計画的なものがあるようだ」 
洪相基は、それを読んで、
「ぼくもそう思うわ。ただし、逆の意味で、ですけどね」 と言い、笑っ
た。

朝日新聞記者の驚くべき発言

 朝日新聞を中心とする「チマ・チョゴリ切り」事件の一連のキャンペーン
には、少女たちの受難を奇貸とした、ある種の政治的な意図が働いていたの
ではないか。取材を進めるにしたがって、そのように考えざるを得なくなっ
ていった。 取材期間の最後になって、チマ・チョゴリ切り事件報道記事を
実際に書いた朝日新聞のある社会部記者に、匿名を条件にやっと話を開くこ
とができた。それまで朝日新聞は、非常に官僚的な対応で取材を拒否してい
た。取材することで収益を得ている新聞社が取材拒否をするとは、見上げた
根性である。 彼はあっさりとこう言った。
「チマ・チョゴリ事件報道のニュースソースは、朝鮮総聯です。私個人とし
ては、事件のカウントの仕方に疑問を持っていますけれども。古二十四件の
中には、女子中学生がスカートに手を突っ込まれた、というような事例も含
まれているんです。これなどは、『民族排外主義』というよりは『いわゆる
痴漢行為』にあたるのではないか、と思っているんです」
 しばらく、二の句が告げなかった。一連の記事は、彼自身も著名人りで書
いたのである。
-----では、なぜそのように報道しなかったのですか。「朝日新開としては、
朝鮮総聯の発表である、として記事にしたのです。よく『警察庁発表による
と……』の表記の記事を御覧になると思いますが、基本的にはあれと同じな
んです」
 日本の国家機関である警察庁と、日本では法人格すらない、いわば「私的
組織」でしかない朝鮮総聯を同等の基準で扱っていいのだろうか。-----新聞
社として独自の取材はしなかったのですか。「した・しないではなく、両者
は報道としては別物だということです」-----ある新聞記者は、そもそもウラ
取りができない種類の事件であると語ってましたが
(ここで、先の某紙社会部記者の発言の要旨を伝える)。「それはおっしゃ
る通りだろうとは思います。しかし、われわれはニュースソースから開いた
情報を、ニュースソースを明らかにした上で報道したのです」-----朝鮮総聯
の言う通りに報道したのですね。「朝鮮総聯がこういう発表をした、と報道
したのです」 これが、「チマ・チョゴリ切り」事件報道における朝日新開
の記事の作り方なのだ。独自取材をまったくしなかったわけではなさそうだ
が、それにしてもあんまりではないか。
つまりは、朝鮮学校の女の子がいたずらされたというだけの事件に、そんな
手間とコストはかけられませんよ、ということか。これでは、「うさん臭
い」と言われても仕方がないのではないか。
 柳和実が言っていた。
「開いた話ですけれど、今朝校の女の子たちは、防犯ベルを持って通学して
いるそうですよ。あんなこと書かれたら、女の子、絶対に怖いですよ」 朝
鮮総聯の発表をもとに、新聞記者たちがウラもとらずに書きなぐつた記事
で、女子生徒たちはさらなる恐怖に晒されることになったのである。

女子生徒は在日の「広告塔」か

 東京朝鮮高校で、切られたチマ・チョゴリの現物を見た。朝鮮総聯の施設
に足を踏み入れるのは、実に久しぶりのことだった。
「これはひどいですね」
 保管されていたチマ・チョゴリを見た、率直な感想であった。取材の過程
で、被害事実そのもの・については十分に心証ができていたのだが、ナマで
見る説得力は予想以上だった。このチマ・チョゴリを看ていた女の子は、ど
れだけの恐怖感を味わったことだろう。
 夏物の上着の襟には垢の汚れがあり、背中がザクリと切られている。チマ
は、ザクザクに切り裂かれている。おそらく、被害がいちばんひどかったも
のを学校側が保管しているのだろう。
 ここで、不自然としか思えなかった報道の事実経過について、疑問をぶつ
けてみた。例のタクシー運転手の件である。答えは、明瞭だった。「その子
の場合は、埼玉の小さな街に住んでいて、そこから通って来る子は非常に少
ないんです。彼女が最初に被害にあった時、警察の人が通学時に警護してく
れるようになったんですね。なにしろ小さなところだし、通学の時間は決
まっているから、顔を覚えられてしまったようなんですよ。タクシーに乗っ
た時に、ドライバーが彼女を知っていて、暴言を浴びせてきた、ということ
だったそうです」 そう説明してくれれば、とりあえずの納得はいく。なら
ば、中央線の「核」「北朝鮮」独り言オジサンに関しても、新聞が舌足らず
だっただけで、やはり理解できるプロセスがあったのだろうか。
 いくつかの事例について説明を聞きながら、もう一つの懸念について尋ね
てみた。----ほとんど犯人が検挙されていない中で、どうして「民族排外主
義的な日本人の仕業」と断定できるのか。
 学校側の答えはこうだった。
「私たちは同民族の犯行であってはならないし、あってほしくないと思いま
す。状況から見て、日本の方、と断定できます」
 だが、仮に事件のすべてが日本人によるものだとしても、そこに民族排外
主義なるものが介在していたかどうかは、薮の中としか言いようがない。チ
マ・チョゴリ切りの背後にある動機は、あれだけの大騒ぎがあったにもかか
わらず、いまだ誰も解明していないのである。
 そして、さらなる疑問。
 なぜ朝鮮学校は、女子生徒だけに民族衣装の着用を強要するのか。これに
対する学校側の答えは、「話が長くなる」という理由で、今回は得られな
かった。 朝鮮には、男性の民族衣装(パヂ・チョゴリ)もある。こちらの
方は、学校に限らず、朝鮮総聯社会でも滅多に着用されることはない。せい
ぜい、運動会などのイベントの際に、舞踊の衣装として着るくらいである。 
朝鮮学校の女性教師たちは、学内ではカラフルなチマ・チョゴリを着ること
が多いが、通勤時の着用は必ずしも義務付けられてはいないようである。 
柳和英が言っていた。
「チマ・チョゴリを着ると、冬はすごく寒いんですよ。それでも、上にコー
トをはおることはしなかった。別にそういう規則があるわけじやないんです
よ。でも、コートをはおったら、チマが見えなくなってしまうでしょう。み
んなが我慢しているのに、一人だけコートをはおるなんて、怖くてできな
かった」 康京華も、同様の思い出を語っていた。
「チマ・チョゴリつて、機能的ではないし、とにかく目立つんです。あたし
たちが電事に乗っただけで、車内の雰囲気が変わるくらい。ある時、母親
が、そんなにチマ・チョゴリが嫌なら、私服で通ったらどうかと言ったこと
がありました。でも、本当にそうしたら、学校でどれだけの辛い思いをさせ
られるか。あたしは、ジャンヌ・ダルクにはなりたくなかった」
 しかし康京華は今、「でも、ジャンヌ・ダルクは必要なのかな」と考える
ことはある、
と言う。
「あのね、そんなにチマ・チョゴリが大切だったら、朝校の女の子だけじや
なく、みんなで着ればいいんですよ。民族の血、民族の誇りがチマ・チョゴ
リだと言うならね。それだけで民族性満たされるのなら、朝校の先生も、総
聯の職員も、女はみんな着ればいい。
 朝校の女子生徒のチマ・チョゴリは、つまりは象徴化させられているんで
すよ。儒教的な性差別だと思います。こういう事件も、そもそも朝校側に明
らかな問題があるから起きるんです。女子生徒を大切に思うなら、いくらで
も改善策はあるはずなのに」
 現在、在日人口約六十八万人。朝鮮学校の女子生徒は、一校に百五十人と
かなり多めに見積もって計算しても、二万五千人くらいか。「北朝鮮」の活
字が連日おどろおどろしく躍る街を、全在日人口の中で数パーセントにも満
たない朝鮮学校の女子生徒だけが、チマ・チョゴリを着用させられて歩いて
いる。彼女たちは、在日の「広告塔」なのか。
 チマ・チョゴリは確かに切られていた。だが、それによって朝日新聞をは
じめとする日本のジャーナリズムは「反民族差別」キャンペーンに成功し、
核疑惑報道が下火となって北朝鮮と朝鮮総聯は得点を上げ、そして、チマ・
チョゴリ着用を強制されている女子生徒たちだけが、恐怖に震えていた。日
本のメディアと在日社会は、いつまで彼女たちをスケープゴートにし続ける
のか。